オーストラリアの雑誌広告用に描いたイラストレーション。
(Cosmopolitan, Cleo, Womans Dayなど)
コンセプトは「モンスター達のティーパーティー」。
オーストラリアは僕が高校生の時に訪れたはじめての外国。
滞在が本当に楽しくて、出逢った人達も親切で、それ以来大好きになった国。
そんなこともあり、なんだかこの仕事は感慨深かった。
16歳の時は、将来この国で仕事をするなんて考えもしなかったから。
あの時出逢った人たちが僕の絵を見る事もあるのかな。
そう考えるとうれしいな。
- 2008/05/14(水)
- 日 記
あせらないことが好転の一歩だと、あせっている人を見ると思います。
- 2008/05/13(火)
- 日 記
小学生時代によく遊んだミニ四駆。
僕らのレース場は、山の頂上からふもとまで走っている「用水路」だった。
ホウキで水のない水路にたまっている枯れ葉の掃除から始める。
そこにマシンを走らせ、僕らも追いかけて山を下る。
マシンが転倒したらすぐに起こしてレース続行。
とはいえ走らせる場所は他にもあった。
スーパーの屋上に設置されたミニ四駆専用コースだ。
ただ僕らにはマシンが走るのをただ見ているだけってのは退屈だった。
やっぱ自分らも一緒に走らなきゃ。
そんなわけで辺りがまっ暗になるまで、僕らは山道を何往復もして遊んだ。

専用コースと僕らのレース場の違いは他にもあった。
それは「ひとつの水路にみんなの車が走る」こと。
車同士の衝突による転倒や、斜面がUの字になっていることで追い抜きができた。
だから本当に白熱した。
まるでマシンが意志を持って走ってるような動きを見せる。
そして先頭車が転倒すれば、その瞬間に順位の入れ替えがおこる。
高価なモーターをつけていれば勝てるとは限らないってところもよかった。
たまにレース中、マシンが転倒して木っ端みじんになったりしていた。
軽量化のために「肉抜き」しすぎたため、ハードなレースに耐えられなくなったんだ。
このレースには運とか偶然という力が大きく左右した。

そしてゴール。
はじめに作っておいた「枯れ葉のクッション」にマシンが突っ込んで終了。
僕ら自身も息を切らせてゴールする。

そういえば専用コースで遊ぶ子らのマシンと、僕らのマシンにも大きな違いがあった。
それは僕らのマシンのタイヤやボディーが傷だらけだったこと。
山道を走らせてんだから当然だ。
でもその傷が、僕らにはカッコよく思えた。だって四駆だし。
意図してなかったけど、今思えばまさにオフロードでレースしてたんだなぁ。
なつかしや。
あの時のテンションでまたできたらいいのになぁと、しみじみ思う。
今は飾ってるだけ。ゆえにピカピカ。
ぼくと同世代の男子には共感できる写真と、ピンポイントな昔話でした。
- 2008/05/12(月)
- 日 記
田宮模型の仕事ー田宮俊作著(1997年)。
ミニ四駆の話をしたのは、実はこれを読んで自分の子供時代を思い出したから。
内容はタミヤの社長、田宮俊作氏の自伝的制作哲学本。
この本には彼の物作りの根底にある愛があふれんばかりに書かれてある。
その情熱は読んでいて気持ちいいし、勇気が湧いて来る。
タミヤは大きくなるべくしてなった会社なんだということがよーくわかる。
一度お会いしてみたい。
タミヤの社長が、そんな魅力のある人でよかった。
そう思わせてくれる一冊。
- 2008/05/12(月)
- 日 記
ロシアのストリートカルチャーマガジンDOCKUに紹介されました。
内容は僕のことや作品、制作哲学についてのインタビューです。
僕はロシア語が読めないんだけど、キリル文字のデザインの美しさにうっとり。
なんだかスペイシーな感じがかっこいい。
読めない文字、見慣れない文字って魅力的だなあ。

- 2008/05/11(日)
- 日 記

最近また油絵をやってみたい気分。
理由はなんとなく。
なんとなくって、いい加減と思われがちだけど、実は純粋。
- 2008/05/10(土)
- 日 記

いろんな画材を研究して作ってくれる人。
彼らがいるから僕も作品を作れるんだなぁ、という当たり前の事を思う。
ひとくちに「物作り」なんて言うけど、自分一人で作ったものは何一つない。
- 2008/05/09(金)
- 日 記
今日も発見と進歩があった。
それは完璧じゃない、神じゃない利点だな。
やる気でるわぁ
- 2008/05/08(木)
- 日 記
人間の人格を作っているのは、その人のもつ意識と概念だなぁと思う、今日このごろ。
それが人格の何パーセントぐらいの割合かは、今かんがえているところ。
- 2008/05/07(水)
- 日 記
好きなタイミングで、いとも簡単そうに飛びたつ鳥を見た。
大人げなくもうらやましく思う。
風に乗って舞うところなんか特に。
いっさい道具を使わずに、ってところが凄いなぁ。
- 2008/05/06(火)
- 日 記
「どこで何をしたかも書きましょう」
小学生の僕の夏休みの日記に対して、先生のコメント。
このブログを自分で読み返していて、そんな言葉を思い出した。
やっぱりほとんど「どこで何をしたか」って書いていないから。
それよりもやっぱり何を考えて一日過ごしたかっていうのが、僕には割と大切。
いや別に大したことは頭にないんだけど。
どこで何をしても何も感じなきゃ、どこにも行かず何もしなかったことと同じだからな。
必然性があれば別だけど、優先順位からいうと「どこで何を」っていうのは二の次なんだ。
先生は見てないだろうから、ま、いっか。
- 2008/05/05(月)
- 日 記
半日を休日に。
たまっていた本を読み、ゆーっくりお風呂に入って終了。
一段落したらスケッチブックとカメラを持って小旅行に行きたいなあ。
いや行くぞ、絶対。
- 2008/05/04(日)
- 日 記
最近、絵を描くことが前にも増して楽しい。
「何十年も続ける」という動力は、やっぱり発見であり進歩だ。
それが例え、ささやかであっても。
今日、一枚の絵が失敗に終わった。
原因は途中で集中力に欠いたことだろう。
しかし、おかげでいくつか勉強になった。
それはとてもささやかなことだけど。
絵を描くことは、依然として楽しいまま。
いつもそれが救いだ。
- 2008/05/03(土)
- 日 記
目が覚めたら家の前の小川で自然観察。
最近の習慣。
無数の植物や昆虫、野鳥や魚。
自慢の近所。
- 2008/05/02(金)
- 日 記
「Positive E」という僕の作品。
この絵をコレクションしている方から、とても嬉しいメールをいただく。
ネガティブなニュースの多い世界で、ポジティブなエネルギーをテーマに描くという事。
その重要性も含めて評価してくれた言葉に、僕はとても嬉しくなった。
アート作品では未だに暗く混沌としたテーマが主流の昨今。
僕はいつしかそういうものに嫌気がさし、決別を果たした。
なぜなら僕の混沌なんてたかが知れてるし、本当に絶望なんてしていたらとっくに死んでいる。
だったら中途半端なモヤモヤを、僕はいつまで描くんだろう。
どうせなら僕を生かしている「強い力」の方が描くに値する。
もしかしたら「ポジティブ」や「希望」を「能天気」と言う人がいるかもしれない。
「混沌」や「闇」の方がテーマとして深いと言う人がいるかもしれない。
だけどそのへんの次元の議論は、もはや僕にはどうでもいいんだ。
誰が何と言おうと、僕らをこうして「生かしている力」の方が何よりも強く、尊いからだ。
そんな僕の真意が作品を通して伝わっていることを知らせてくれたメール。
彼は毎朝サンディエゴで目を覚まし、壁に掛けてあるこの絵を眺めるのが楽しみなんだという。
うれしい。
- 2008/05/01(木)
- 日 記
天気がいいので河のほとり。
家族連れがお弁当を広げてた。
子供の投げた石が水面を切って走る。
あたたかい陽気。ぬるい風。
なーんか幸せ。
- 2008/04/30(水)
- 日 記
もう11時くらいかな、と思ったら9時だった。
もんのすごく嬉しい。
こういう勘なら、毎回はずれろ。
と思ったが、それだとラッキーじゃなくなるな。
- 2008/04/29(火)
- 日 記
近所の小さな文房具屋さんが、とうとう店じまい。
寂しいうえに、少しだけ不便になるな。
最近はそこで買ったペンで絵を描いてる。
- 2008/04/28(月)
- 日 記
絶対に右を向かなきゃ寝られない日がある。
思い込みだろうと思ってそれ以外の姿勢で横になっても、延々寝られない。
同じく、絶対に左じゃなきゃダメな日もある。
なぜだ。
- 2008/04/27(日)
- 日 記
煮詰まって作業が全然すすまない時がある。
でもふとした瞬間に、強烈なアイデアが浮かぶ。
その「ふとした瞬間」に脳の中では何が起こっているんだろう。
一瞬前の自分からは出て来なかったアイデアが出て来る不思議。
本当はすべての答えは「すでにある」んじゃないか。
例えプラトンがイデア論を提唱してなくても、作家はそんなことを体感するもんだ。
正解を引き当てた。
そんなふうに感じる時がある。
- 2008/04/26(土)
- 日 記
喫茶店でドローイング。
ここのところずっとペインティングばかりしていたので、いい気分転換になった。
スケッチブックに近所の植物の観察図を記す。
これも最近の有効な息抜きのひとつ。
ボクは息抜きばかり。
その集合体が作品だ。
- 2008/04/25(金)
- 日 記
毎日ブログに書く事がない。
その上、載せる画像がない。
ないのに今月は毎日書いてる。
個展が近く忙しいからこそ、考えることもあるだろうと自分に課してしまった。
その結果わかったのは、僕は別にたいして何も考えてないっていうこと。
同じようなところをグルグルまわってるだけのような気がする。
見てもらいたい写真がない時は、身の回りの物でも載せることにしよう。
今日はハケの写真をどうぞ。
あそうそう、今月は毎日書いてるって言ったけど、実は一日抜けてんだ。
らしいっちゃあ、らしいけど、一日で済んでる僕を誰かやさしく褒めてくれ。
- 2008/04/24(木)
- 日 記
「いやぁ30歳はいいね。気分が楽やわぁ」
昨年ようやく30代に突入して以来、僕は周りの人によくそんなことを言っている。
なんと言っても頭の中が前よりスッキリ整理されている感じがある。
スマートに混沌を楽しむ術を手に入れた。(ここ重要)
思い起こせば22歳の時に、これと同じ事を思った。
「わ、今年は自己最高だ」と。
以来「毎年おなじこと言ってるぞ」と友達は言う。
- 2008/04/23(水)
- 日 記
今年は2008年。
散歩していて、ふと思う。
むかし誰かが作った西暦っていうもので言うところの2008年。
当たり前なんだけど、でも考えてみるとこれはなんだか凄いこと。
365日で1年。そうやって換算して2008回目って、なんだかやっぱり凄い。
それは間違いなく、とてつもなく壮大な日々の積み重ねなんだから。
僕の散歩道は名もないサムライが歩いたあぜ道だったかもしれないし、
絶滅してしまった生物が一瞬だけ繁栄した場所だったかもしれない。
無数に浮かぶ、文献に残らなかった、誰も知らないそんな歴史が愛おしい。
気の遠くなるような当たり前の日々の積み重ねで、この瞬間に至るっていう事実。
今日も、たしかに歴史の一部。
- 2008/04/22(火)
- 日 記
僕が通う図書館で、よく見かける一人のおばあちゃん。
彼女の身なりはいつも同じで、冬でもサンダルをはいている。
ノートはクリップで束ねた広告の裏の余白。
いつもそこに本から大量のメモをとっている。
背中は曲がりきっているけどしかし、そのおばあちゃんのオーラは凄まじい。
一度話かけてみたいんだけど、鬼気迫る雰囲気にそんな余地はない。
まるで修行中の禅僧のような雰囲気なんだ。
まあとにかく彼女は凄い集中力で、ずぅっと書く、書く、書く。
明らかに学ぶ事、知る事を楽しんでいるんだ。
その姿がかっこよくて、見る度に僕はなにか打たれるものを感じ、反省する。
「おい俺、もっと頑張れよ」
そういえば古代ギリシャの哲学者、アリストテレスという人はこんなことを言っていた。
「知れば知るほど、自分が知らない事を知る」
今後、僕はその言葉にこう付け加えることにする。
「だからいくら歳を重ねてもこの世界は新鮮だ」と。
あのおばあちゃんの、知への姿勢が教えてくれた。
- 2008/04/21(月)
- 日 記
製作中は作品のことで頭がいっぱい。
考え事をしていたら、風呂に栓をするのを忘れてお湯を出していた。
むかし、やはり考え事をしていてタクシーにひかれたことがある。
ひとつのことに集中している時と、ボーっとしている時の危険度は同じだな。
すきだらけ。
サグラダファミリアで有名なアントニ・ガウディ。
彼もまた考え事をしていて路面電車にひかれ、命をおとした。
気をつけなくては。
と、集中していない時は思う。
- 2008/04/20(日)
- 日 記
小学生のころ欲しかったオモチャを、とある雑貨屋さんにて発見。
当時の値段は1000円で、とても子供の僕には手が出せなかった。
で最近、お店でそれを見つけたとき、懐かしさのあまり、わぁ、となった。
めちゃめちゃ欲しかったアレやんけ…。
値段は当時のままだった。
今なら買える。
買えるんだけど「あっさり買えてしまう」ことが今は逆に問題だ。
あの頃の「猛烈に欲しかったけど買えなかった自分」に対してなんだか気がひける。
今は当時のようなエネルギーで「欲っしいぃぃ!」って言えないもんなあ。
そう考えると、子供の頃って「猛烈に欲しいもの」があった。
バカバカしいけど全身全霊で、魂売ってでも欲しがっていたような気がする。
だからそれを手に入れるまでに、自分と「物」の間にストーリーがあった。
写真の恐竜は高校生のころに買ったティラノザウルス。
割と高かったけど、リアルに塗装したいがために、バイトして購入。
思えば初めてステレオを買った時、初めてマウンテンバイクを買った時。
貯金しながら何度もカタログを眺めたっけ。
あれは自分と物の間にストーリーを作る時間だったんだな。
今、「猛烈に欲しい物」は特にない。
ないんだけど、またあの雑貨屋さんに立ち寄ったら迷うんだろうか。
買おうかな、どうしようかな。
そんな時間が、わりと幸せ。
- 2008/04/19(土)
- 日 記
良い予感が、やたら当たる今日このごろ。
超能力はないけれど、そういうことが続くと「冴えてんのかな」と思う。
現に冴えてる。バンザイ。
- 2008/04/18(金)
- 日 記
作業中、ねむくなったらハーモニカ。
意外と頭がスッキリします。
- 2008/04/17(木)
- 日 記
ドローイングはどこでもできる。
だけど、その場だから描ける絵というのは確かにある。
僕にはたまに行くジャズ喫茶があって、そこではなぜか雰囲気のいい絵が描ける。
それはBGMのジャズとそのお店の独特な空気のおかげなんだと思う。
そういう意味でもいろんな場所でドローイングするのは楽しいことだな。
他に電車の中も部屋では描けない物が出てきやすい。
きっと他にも僕に適したひらめきスポットがあるに違いない。
そう考えると出かけるのが楽しくなるな。
- 2008/04/16(水)
- 日 記