車を走らせ島根県立石見美術館へ。
現在やってるBOX ART展を観るために。
内容は「プラモデルのパッケージの原画」という僕の原点のような展覧会。
美術館にめったに行かない僕にしては、久しぶりに観たいという意欲にかられるものだった。
子供の頃「こういう絵は一体どういう人達がどういうふうに描いてるんだろう」と想像したことを思い出す。
そういえばプラモデルの箱の絵を切り取ってコレクションしたり飾ったりしたなぁ。
僕にとってはオモチャ屋の棚に陳列されたプラモデルの箱達は美術館のようなものだった。
大先輩達に会いにいくような気持ちで美術館に向かうべく、200キロの道のりを走った。
のんびりした田舎町に突如あらわれたモダンな外観の美術館にわくわくした。
BOX ARTと記された看板をみてアドレナリンが出た。

館内には思ったよりたくさんのパッケージ原画が展示されていて、ボードに水彩で描かれたその世界にあらためて感動した。
日本には素晴らしいアーティストの先輩がこんなにもたくさんいたのかと感動して嬉しくなった。
絵の内容は車やバイク、戦車や戦艦、ロボットなどバラバラだ。
作者もバラバラなんだけど唯一共通しているのはどの絵にも「夢がある」ということ。
子供達が「わあ」と驚いて空想できるような世界がそこにあること。
僕は丁寧に展示された作品を観て歩いた。
もうずーっとワクワクしっぱなし。おもわず館内を2周した。
今だから分かる先輩達の挑戦や苦労が、構図や色彩、タッチなどから見て取れた。
僕が生まれる前から、子供の時から、こうした表現の冒険をしていたんだな。
それは本当に勇気が湧くことだ。
幸運なことは20年前、山口県のオモチャ屋の片隅で「わあ」とつぶやいたひとりの子供が今、絵描きになっていること。
こんなに素晴らしいものを観て育つことが出来た僕は、なんてラッキーなんだろう。
なんだか純粋にそう思った。

- 2007/08/17(金)
- ルーツ
自分の血脈に芸術家がいたことを、先日はじめて知る。
彼は京都や奈良などのお寺にある仏画を描いた絵師なんだと。
なんだかスッキリした。
以来、それを思い出すたびに勇気が湧いてくる。
- 2007/05/24(木)
- ルーツ
高校生の頃、自分の部屋でアニメーションも作っていた。
(写真はそのポスター)
当時はコンピューターなどないから、家庭用ビデオカメラとビデオデッキ2台、ラジカセ(音響用)を機材に、アイデアと工夫だけで地道にアニメーションを作った。
自分の絵を自在に動かしてみたい。
僕は夜な夜なコピー用紙に一枚ずつ絵を描いては撮影した。
結局、1分30秒の作品を作るのに随分と時間がかかった。
とはいえ時間がかかった理由は、いろいろなことをやりすぎたというのが大きい。
なにしろ高校生なんだ。
自分の可能性を知りたくて、いろんなことをやる。
バンドや映像、写真も撮った。立体も作ったし、刺繍もした。
ほとんど毎日ペインティングをして、本も作った。
毎年ちいさいながらも個展をやった。
何より仲間と全力でバカな遊びをやる年頃だ。
こうやってあらためて自分を振り返ってみると、ボクは思いついた事は全部やりたい人間なんだろうな。
あいにく全ての作品が残っているわけではないがしかし、これは血縁の関係に似ている。
たとえば僕のじいちゃんは亡くなってもういないけど、僕がいるような。
昔の作品はもう存在しないけど、そのひとつひとつの作業は確かな軌跡として、今の作品に繋がっている。
そう考えると未熟な昔の作品たちが、なんだか愛おしく、かっこよく思えるな。
- 2006/12/29(金)
- ルーツ